2022年02月15日
佐賀宿・構口番所
江戸時代、長崎街道で東から佐賀城下へ入るには、「構口番所」を通る必要がありました。
慶長13年(1608年)、佐賀城下が構築された際に、ここの番所も設けられました。
そのためこの付近は、かつて「慶長町」と呼ばれたこともあります。
これより西へ向かって、さらには佐賀城を北へ迂回するようにくねくねと曲がった長崎街道が通ります。
慶長13年(1608年)、佐賀城下が構築された際に、ここの番所も設けられました。
そのためこの付近は、かつて「慶長町」と呼ばれたこともあります。
これより西へ向かって、さらには佐賀城を北へ迂回するようにくねくねと曲がった長崎街道が通ります。
Posted by 吉松 at 21:34 | Comments(0) | 佐賀宿
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