2022年04月11日

歩兵第五十五連隊

歩兵第五十五連隊
歩兵第五十五連隊



日露戦争に勝った日本は、ますます軍国調になった
佐賀商議会議所は、地域社会の繁栄、人口増加策において歩兵連隊誘致を請願した

その甲斐あって、明治41年、佐賀郡高木瀬村に歩兵第五十五連隊が設けられた

連隊建設には当時、川上県道をはさみ東に兵営、西に練兵場、広さ実に40町の良田が充てられた
何しろこの広大な敷地には、膨大な盛土が必要であったから下高木、東高木、辻、寄人付近の畑土を運び水田を掘って盛土を採取した

一番広大なのが練兵場西側の土取場であった

後には、通称ドトイと云われてたがここは水田を買収して盛土を採取したものだから陸軍省が行った

土取場の跡は、濠となったために淡水魚の格好のすみ場所となり又、蓮も植えられた

県ではこの土取場の一部を借り受け淡水魚の研究試験、鯉の養殖を図った


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Posted by 吉松 at 10:14 | Comments(0) | 郷土の歴史シリーズ
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