2009年07月19日
道祖王の墓・その2
「道祖王」は、孝謙天皇の皇太子となりますが機密を漏らし甚だ不行跡であるとし、排斥されます。
そして、大炊王が皇太子に推されます。
これらの処遇を不満とした「橘奈良呂」は、謀反を企てますが、密告により捕らわれます。
そして首謀者を初め多くの人々が処罰を受けました。その「橘奈良呂」も一緒にここに祀るとされています。
Posted by 吉松 at 19:07 | Comments(0) | 塩田宿
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